1.事例紹介
40歳のA医師は、常に不機嫌であり穏やかに話をせず、感情をむき出して怒りをぶつけてくるので看護師達はなるべくA医師を怒らせないように気を遣っていた。看護師長の私は、スタッフから度々A医師の言動について報告を受けていたので、一度きちんと話合わないといけないと思い、医長へは話し合いを持ちたいと思っていることを伝えていた。また主任へはA医師が笑顔で対応してもらえるようにしたいと思っていることを伝え、話し合いのタイミングを見計らっていた矢先の出来事だった。
外来とカテーテル検査の合間を縫って入院患者の回診に来たA医師は、受け持ちの患者が不在であり診察ができないことに腹を立て、ナースステーションにいたリーダー看護師と主任看護師に向かい「なんで俺が来ているのに患者がいないんだ」と怒鳴った。あまりの大声に驚いた看護師長の私は、リーダー看護師、主任看護師の元へ駆けつけるとA医師は、「いつもこうなんだ。師長の管理はどうなっているんだ。」と大声で怒鳴り騒いでいる。私は、「どうしたのですか」と声をかけ状況を確認しようとしたが、激高したA医師は「事前に電話しといたのになぜ患者が病床にいないのか」と言い興奮していた。主任看護師とリーダー看護師が怖がって何も言い返せる状況ではなかったため、私は状況の把握や激高している理由を聞くためにもなるべく感情を出さないように気持ちを抑え、「その状況を把握して後で報告します。とりあえず落ち着いてください。」と声をかけた。しかし、A医師は「だからダメなんだよ。師長の管理がダメなんだ。」と叫んでステーションから出て行った。
A医師は外来と検査で忙しく時間的余裕がないため事前に研修医を通し回診時間を病棟へ知らせ、患者の準備をしておくように伝達していた。しかし、医師が約束した時間が守られることはほとんどなかったため、看護師は予定時間を過ぎていたとしてもA医師が病棟に来たらすぐに回診ができるように注意していた。だがその日は伝達が上手くいかず回診準備がされていなかった。私は、上手く話し合いに持ち込めなった自分への怒り、話し合おうとしない医師、暗黙の取り決めの中で何とかルールを守り通してきたスタッフに対して複雑な気持ちを持った。
2.「考える知性」と「感じる知性」
A医師は、時間を作って回診に来たにも関わらず回診準備ができていない事実に対して、看護師が医師の忙しい状況を理解していない、また指示を軽んじていると思ったのではないかと推察される。A医師と看護師は普段から上手くコミュニケーションが取れていなかった。そんな日々の積み重ねが、医師には協力的でない看護師に映り、看護師への不満が収集のつかない大きな爆発となり感情をコントロールすることができなくなったと思われる。師長の私は、感情的にならないように気持ちを抑えて「状況を把握して後で報告します」と「考える知性」で対応したが、感情的になっている医師には怒りを増幅させる結果となった。
冷静さを失い感情のコントロールができなくなった相手には、「感じる知性」で反応し相手に自分の感情を自覚させることで冷静さを取り戻せるように刺激することもよいのではないかと思う。「医師がそういう風に言うととても怖いです。話ができません。」というように感情的になり過ぎずに「感じる知性」で応対することで、相手が冷静さを取り戻せるのではないだろうか。
事例では、医師はなぜいつも不機嫌なのか、なぜ怒っているのか、だからダメなんだよ、の「だから」とは何を指しているのかなど、医師の気持ちを誰も知らないことが話題となった。相手を慮ることは大切であるが、怒らせないために闇雲に気を遣うことは根幹の解決にはならない。医師の気持ちを聞き、知ること、その上で医師、看護師、相互の考えや思いを共有する機会を作り、問題となる原因は何か、どうしたら解決されるのか、を「考える知性」で話し合い対応する必要があった。