先日は参加させていただきありがとうございました。とても楽しいひと時でした。さっそくですが投稿してしまいます。(とてもドキドキしています・・・)
1.経験したこと
昨年度2回の無断遅刻をしでかした介護福祉士がいました。年度が新しくなり、彼が私の病棟に配属されることになりました。それと同時に異動後3日間は出勤停止という処分を受けることも決まりました。2度の遅刻の際に走り回った(連絡がつかなかったため自宅に安否を確認に行った)事務長や部門責任者などは「信頼してもいいものかどうか」という疑問を残しての異動でした。
初対面は出勤停止処分後の面談の場(事務長・部門責任者・私+彼の4者面談)ということになりました。私は何を彼に伝えるか迷いましたが、「私はこれからのあなたを楽しみにしています。病棟スタッフとして患者さんのために一緒に働いていきましょう」というようなことを伝えるつもりだ、と彼以外の人に事前に言いました。部門責任者は「それなら私は今までのことを忘れないように、2度目(の出勤停止処分)はないということを伝えます」と役割分担を行い面談に臨みました。面談は無事修了。
今、彼は他のスタッフと同じように元気よく働いています。
2.感じたこと・考えたこと
事務長も部門責任者も同じことを2回繰り返した彼に対して「裏切られた」という気持ちを抱いていましたし、彼らのその気持ちは十分理解できました。でも、私はまだ彼に会ったことはなく、どんな状況だったかも伝え聞いただけで直接彼から話を聞いたわけではありません。だから彼に対してニュートラルでありたいと強く思いました。
『過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変わる可能性にあふれている』と教えてくれた人がいます。2度の無断遅刻をしでかし、処分を受けてまで退職は考えなかった彼。何とかやり直したい、生まれ変わりたいと願っての行動だとしたら、私は彼のその気持ちを大事にしたいと思ったのです。またそれを面談前に他の参加者と共有したことで、彼らの中にも必ずあるはずの「それでももう一度信じたい」という気持ちとも折り合いがつき、それぞれが自分の役割をきっちり演じることができた面談になったのではないかと思います。
先日のグループワークの中で感じたように「出会い」には偶然も必然もあってどうにもコントロールできないこともあります。しかし職場での「出会い」はコントロール可能ではないか、それをコントロールすることが私たち管理職の仕事ではないか・・・などと感じています。
乱文・長文、ご容赦くださいませ。
Dyokoyama
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- ある介護福祉士との「出会い」 - 2013年5月28日
yokoyamaさん。早速の投稿ありがとうございました。日曜日のワールドカフェを楽しんでくださって、よかったです。テーブル毎に話される内容は少しづつ違っていましたが、第1ラウンド、第2ラウンドと重ねるごとに、対話が深まって「出会い」の本質についてみなさんが考えておられるのが伝わってきました。
投稿いただいた、介護福祉士の方との「出会い」のプロデュースは、その後のこの方とyokoyamaさんとの関係だけでなく、この方がさまざまな人との関係を築いたり、この方をどう律していくかにも影響を及ぼしたのだなと思いました。先入観を片隅にいったん置いて、心を開いて「出会う」ことの大切さが伝わってくるエピソードだと思いました。(吉田)
yokoyamaさんへ
“事前情報がバイアスになることの障害”はAチームでも語られていました。
その人をあるがままに見よう、そして受入れようとする姿勢は伝わるものでしょうね。「2度の無断遅刻をしでかし、処分を受けてまで退職は考えなかった彼。何とかやり直したい、生まれ変わりたいと願っての行動だとしたら・・・」
yokoyamaさんがその介護福祉士の方を“共感的に理解した”ところが素晴らしいと感じました(古閑)
yokoyamaさん
素敵なものがたりを興味深く読ませて頂きました。
~今、彼は他のスタッフと同じように元気よく働いています。~
の文章には、”彼がどれほど嬉しかったか”が詰め込まれているように感じました。
リーダーとしての経験を持つ方々からよく教えて頂いたことがあります。それについて、多くのエグゼクティブ・リーダーのコーチを経験してこられた、マーシャル・ゴールドスミス氏は<著書:コーチングの神様が教える「できる人」の法則>の中で、次のように具体化しています。
”リーダーが抱えがちな20の悪癖” その中でも、
10.きちんと他人を認めない。
16.人の話を聞かない。
は、特に「リーダーとしての経験を持つ方々」が、「駄目だとわかっていて、やりがちなんだよな~」と仰っていたことです。何故か?「思考の枠」つくり、人の意見をものにできなくなるというのです。
彼はyokoyamaさんと「出会えた」ことで、素敵な時間を過ごせているのでしょうね。(中尾根)
yokoyamaさん
素晴らしい出会いのエピソードですね。
個人は、新しい集団に加わるときに、ある自己概念(自分ってこんな人間だ、もしくはこのような人間でありたい)を思いを持って集団に加わります。一方で、集団には作られた個人に対するイメージ(この人はこういう人だ、もしくはこういう人に違いない)を持って個人と接します。このときに、固定化されたイメージがあり、現実を受け容れないでいると、個人はその集団の中で成長する機会が失われるというメカニズムが働きます。集団の中で個人が成長するためには、①自分として変わりたいという主体的な意図、②変わっていくための必要なスキル、③個人の変化をありのままに受け容れようとする集団の支援 が必要だとされています。
まさにそのような体験だったと思います。
素晴らしい体験のシェアをありがとうございます。(伊藤)
吉田さん、古閑さん、仲尾根さん、伊藤さん
コメントをありがとうございました。
「良い出会い」のためのヒントをたくさんいただきました。
☆「先入観を片隅にいったん置いて、心を開いて『出会う』こと」
☆相手を「共感的に理解」すること
☆「思考の枠」を取り払うこと、人の意見を取り入れること
☆「集団の中で個人が成長するため」には3つのポイントがあること
今回はたまたま「良い出会い」となりましたが、いつもいつもうまくいくとは限りません。
職業人として誰かと出会う時には上の4つのポイントを活用していきたいと思います。ありがとうございました。
しかし…。ふと思ったのですが。
そもそも「出会い」に良い・悪いはあるのでしょうか?
もしあるとしたら「良い出会い」と「悪い出会い」の違いは何でしょう?
「出会い」は最悪でもいつの間にか良い関係になっていることが(その逆も)ありますが、何故そんな風に変化するのでしょう…?
考えれば考えるほど頭の中にぐるぐるぐるぐる…エンドレスの渦巻が。
先日「出会った」TEAM-Dの皆さんはどんな風に考えるのでしょう…。
(聞いてみたい……聞けるとうれしい……聞けるはず→本日の一句・字余り)
「良い出会い」と「悪い出会い」の正体がわかったら、「出会いのプロデュース」がうまくいくのではないか…などと下心いっぱいのyokoyamaでした。