第1・2章で考えたこと

第一章の「出会い」から約一ヶ月。出会いはいつでもどこでも起きている現象ですが、それを『(かっこ) 出会い 』(かっこ綴じる)にするのは、自分がその現象(出会い)を、意識して振り返り意味づけをしたとき、自分自身の意味づけによって、良い出会い、悪い出会いとして、意識された『(かっこ) 出会い 』(かっこ綴じる)になるのでは?と。

∴その意味づけや振り返りを、人間はコントロールしながら、どんな方向にもできるんじゃないかと思いました。

一昨日の第二章では、倉岡先生のお話を、アバターともう少し関連させて意見交換を持てれば良かったのかも知れないと考えました。すっかり仮想設定が楽しく夢中になりすぎました(^_^;)。

難しいテーマですが、今回は管理者として マネジメント→目指すもの 「どんな時でも揺るがないものは?」ということを、私は考えていこうと思いました。看護師長として、悩んだり、躓いたときに、自分たちは何に向かっていくのか?揺らがない「顧客」「目的」は何だったのかを見失うことがないように。

一ヶ月に一度、看護塾に参加していくことで、私の手のひらに残っていくものを大切に考えていきたいと思います。、

 

 

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Asuzuki

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2 のコメントが “第1・2章で考えたこと”にあります

  1. Asuzukiさんの記述に、はっとさせられました。
    私は、看護管理塾の運営者の一人でありますが、このナラティブなアプローチによって参加者の皆様がどのように変わっていかれるのか、実のところ予測ができないでおりました。

    しかし、Asuzukiさんの記述を拝見し、管理塾の場での語りは、その場だけの気づきにとどまらず、参加者の内部にじわじわしみこんで、深い内省へ導くのだなと思わされました。
    後半の管理者として「どんな時にも揺らがないもの」をつかもうというところに、特に感動しました。
    「私は誰のためにいるのか、そして何のためにいるのか。」このことを管理塾を通して参加者の皆様が自分の中にしっかりと落とし込めるといいなと思います。そして私自身も常にそうありたいと思います。(吉田)

  2. Asuzukiさんへ

    投稿ありがとうございます

    “私たちすっかり仮想設定が楽しく夢中になりすぎました”ってとてもチャーミングですね!!

    アバターをしっかりイメージすることは、ちょうど私たちが映画を見てその主人公に感情移入するのに似ていますね。

    その主人公の生き方・感じ方・悩み・喜びを通して自分自身を見つめているわけですね。私は中学生時代にダスティンフォフマンとキャサリンロスが出ていた“卒業”という映画を観たんですが、その時はただ“映像と音楽がとても綺麗だなあ”という感じでしたが、大学時代にもう一度見た時は主人公の気持ちが痛いほどわかって“スカボローフェア”という曲に、意味も深く理解して再感動したことを思い出します。

    その時は深く気づいていなくても、アバターを通じて見つめなおすと新たな気付きがあれば
    良いですね・・・!(^^)!

    釣り師 koga

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