第3章 感情の源泉を扱う

第三章にお付き合いいただきありがとうございました。

今回は、アドラー心理学との出会いから、1日の流れを企画してみました。管理塾の第1回目は出会いをテーマにしましたが、人生すべて出会いで成り立っているなあと50年以上生きていてそう思います。アドラーとの出会いもその一つで、みんなが読んでいるなら読んでみようと思えた瞬間からその先の人生が始まるのだということです。出会いは次の出会いにつながるものです。皆さんの中にもアドラーと出会った方がいらっしゃると思います。

さてアドラーはさておき、感情に焦点を当てて看護を振り返ると、じっくり考えている暇はなく、その場その場の感情の流れに反応するということが、患者を目の前にした看護師の能力として重要なのではないかと考えています。今年5月に私自身の入院体験から患者の感情体験についてご紹介してみようと思います。

術後の5日目くらいにCT検査が予定されていました。時間は未定であって、朝食は止められていました。病院の夕食時間は早いので、朝食が配膳される時点ですでに13時間以上はお茶以外飲食していない状況でした。
そうした中、呼び出しがないまま10時30分になりました。低血糖のためか気分が悪くなってきたので、ちょうどラウンドにいらした看護師に飴をなめてよいかと尋ねたところ、「いやあ、それはちょっと血糖が上がるとまずいかもしれないので医師に確認します」といって出て行ってしまいました。造影検査であっても血糖値は関係ないのになあと思ったので、その時点で飴を2個なめました。
11時30分となり、先ほどの看護師が「行きましょう」と声をかけてくれた時には、空腹感に加え機嫌の悪さも相まって、「飴2個、舐めちゃいましたよ!」と看護に対してきつめの口調で申し上げたのですが、「そういえば、飴とジュースは良いと先生が言ってました」との返事です。
間髪を入れず、「遅いよ!(かなり頭にきたので、言葉がきたなかった、反省)」と怒りが爆発しました。怒りを表出したのではなく、出したくない怒りが勝手に私の中から出ていきました。そしてその看護師は「・・・」でした。つまり私から出て行った怒りの感情に対しては無反応で返されたということです。

皆さんは看護師として患者から怒りをぶつけられたらどのような態度で応じますか。私のあのときの怒りの感情は、時と共に薄れていきますが、その場での看護師の対応に対する不信感は消え去らないものです。医療者は患者に対して謝るということをしない文化がありませんか。「ごめんなさい!肝心な患者さんに伝えるのを忘れてました。」と頭を下げてくれれば、そこに投げ出された怒りの逃げ場所があったわけで、そしてその看護師に対する心の距離も近くなったはずです。

しっかりと患者のニーズに応えることはもちろんのことですが、それと同等に大事なことは、ネガティブ感情があふれてきたときに、その感情から逃げないことは大事な看護であるはずです。逃げずに反応することが、患者にとっては人として扱ってもらえたという気持ちにつながる行為だと感じたからです。患者の感情を理解する前に、からだ全体でその感情を感じてみてほしいと思いました。そうした体験の中から人間としての患者に出会えるものです。
(担当・山田雅子)

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