2022年度第2章 「マネジメントに取り組む」 当日の様子

梅雨入りした東京。並木の若葉が美しい築地で、第2回看護管理塾を行いました。テーマは「マネジメントに取り組む」です。第3章以降に続くいわば看護マネジメントの各論にむけて、今回は総論の位置づけ。「看護マネジメントとは」を探究することをめざしました。。

今年度の受講者は、ファーストレベルなどの看護管理研修を修了された方が多いのが特徴です。マネジメントの基礎的理論はすでに学んだ。そのうえで、さらに看護管理者として「楽しく、自分らしく、納得できる看護マネジメントをしていきたい」という思いをもっておられることが受講申し込み時の記述から伝わってきました。

そこで今年の第2章は、例年の演繹的アプローチ(経営学者のマネジメント理論を紹介し、それをもとに参加者の体験を意味づけていく方法)から帰納的アプローチに変更しました。参加者の皆さんが看護マネジメントの実践現場で感じている実感をもとに、互いの対話を通して「看護マネジメントとは、なんのために、どうすることか」を探究するという方法です。

この方法をとった背景には、参加者の皆様のレディネスの他に、担当の吉田自身の体験があります。朝日新聞の「記者サロン×耕論 『三牧聖子さん・國分功一郎さんと民主主義を語る』」に参加しそこで哲学者の國分氏の言葉にはっとしたのです。國分氏は「民主主義は抽象論になる。いつも具体的な状況の中で考えていかなければならない。」と語り、常に学問よりも現場の現実の方が先行していると言及されました。そして「学問は皆のカンに追いついて定義づけをしていかなければならない。」「状況に学者が追いつく必要性がある。」と話されました。これらの言葉は、看護マネジメント実践から離れてしまっているのに、経営学の理論を使って、まるで看護マネジメントを知っているかのように語ろうとしている吉田の姿勢を強く諫めるものでした。

第2章の企画案を検討するMeetingでの他のファシリテーターからの指摘で、この体験をなまなましく思い出したのです。COVID-19の厳しい現場でも何とかスタッフを勇気づけ看護を創り出し届けようと日々苦闘しておられる参加者自身の現実の中に、看護マネジメントの本質があるはずだと思ったのでした。

当日は、看護管理塾の3時間のほとんどを、自分との対話、チームメンバーとの対話、そして他のチームメンバーとのワークに当てました。

「今、看護マネジメントについて、どのように感じていますか」のセッションでは、いろいろな思いが共有されました。『ベッドコントロール、書類整理、カンファレンス・・・退職者に留まってもらうための面接・・・多忙。』『調整ばかりしている。』『看護マネジメントを実感できない』『プレーヤーとマネジャーのバランスが大事といわれる。でも楽しくない。』『頑張ろうと思う、でも大変。』『クレーム対応、思いやりのあるケアなど、自分の当たり前がスタッフには当たり前でない。』『病院が現場に求めてくる数値目標と、スタッフが望み目指したいこととはズレている。』『雇用形態(歩合制、時間給、常勤など)がちがうスタッフが混在し、それぞれの仕事への姿勢に違いがでて対立が生じてしまう。』『病棟の雰囲気がよくない。』『もっと部下を育ててあげたい、認めてあげたい。』『日々行っている仕事は人の育成だと感じている。部署の組織化はその先にある者だと思う。自分は間違えていないか、他の方法はないか。伝える言葉を選んでいるがいつも真剣に考えている』などなど。一つひとつの言葉が重く感じました。

そして、「看護マネジメントとは、●●するために、●●すること。」をディスカッションするセッションでも、熱い思いや考えが話し合われ、看護マネジメントを定義をする文章が練られていきました。各チームのワークをクロスグループ・プレゼンテーションの手法を使って、他のチームのメンバーとも共有し対話を繰り返しました。クロスグループ・プレゼンテーションで得たアイディア、視点をチームに持ち帰り、再度、「看護マネジメントとは」を考えました。

各チームが最終的に行き着いた「看護マネジメントとは」は以下の通りです。ホワイトボードの写真から読み取ってみました。

Aチーム

「看護マネジメントとは、患者さんに対して、スタッフが質の高い看護を提供するために、人材育成、対話、共感を通して、患者の満足度を高めることである。」

Bチーム

「看護マネジメントとは、ケアを必要とする人が、その人らしくあるために、すべての関わる人が持てる力を発揮すること。」

Cチーム

「看護マネジメントとは、患者・家族にとっては満足な看護ができる、スタッフにとってはやりがいをもって働ける、病院の役割を果たすために、

看護チームがめざす目標を自主的な力を発揮できるように(なれない人も力を発揮できるように)すること。」

Dチーム

「看護マネジメントとは、患者さんの満足のために、職場環境をととのえ、すべての看護スタッフのやる気を高めること。」

Eチーム

「スタッフのために環境を整える・・・ (申し訳けありません。ホワイトボードから文章を読み取れませんでした。)」

Fチーム

「看護マネジメントとは、自分の感情を大切にしコントロールしながら、相手(患者、家族、コメディカルetc)の感情を大切にすること。」

Gチーム

「看護マネジメントとは、患者さんから『ありがとう』と言ってもらえるケアを増やすために、スタッフが建設的な意見交換ができる風通しの良い職場環境をつくること。」

Hチーム

「看護マネジメントとは、皆(スタッフ、患者、組織、社会、自分)が良かったと思えるために、様々な手段を駆使すること。」様々な手段=人材育成、時間管理、看護提供方式などの方法論、労働環境、シフト管理、自己研鑽

Iチーム

「看護マネジメントとは、人(患者、家族、スタッフ、多職種)が持つ力を(尊厳をまもるため)自主的に発揮するために、一緒に悩み考え、安心できる環境を整えること。」

終了時の参加者の皆様は、日ごろとは異なる議論をしたことや長時間の立ったままでのワークで疲れておられる様子でしたが、表情からは「語った」という充実感、満足感が伝わってきました。最後に、「自分たちの『看護マネジメントとは』は腑に落ちるものですか?」と尋ねましところ、ほとんどの方が手をあげられました。

山田塾長と古閑ファシリテーターが、それぞれの考える「看護マネジメントとは」をお話しいたしました。吉田の考えを紹介する時間がとれませんでしたので、ここで紹介します。  

私は、以前に山田塾長を含めたメンバーで、これからのケアの時代の看護マネジメントについて探究する研究を行いました。ある地域に出向き、病院看護師、訪問看護師、保健師、ケアマネジャー、高齢者施設の看護職、社会福祉士、薬剤師、理学療法士、事務職、市民などと多様な人々と、今回の管理塾と同様の方法を用いたワークショップを繰り返し行い、対話を続けました。

私たちが行き着いたのは、「年をとり病気や障がいをもってもすべての人が自分らしく暮らしていけるために、」看護マネジメントとは「コントロールすることではなく、共に学ぶこと。」でした。これには、「看護することとは自身や他者を気遣い世話をすることであり、専門職だけではなく全ての人が行う行為である。人は元来看護する力をもっている。」という前提があります。また、「地域」「看護専門職」についても次のように考えました。「地域とは、単に物理的空間だけではなく、世代・近隣などの人々の重層的な関係が存在する複雑な『場』であり、元来看護する力が備わっている。」「看護専門職とは、人々や地域家の信頼をもとに、個々に異なる世界観と専門職の世界感を行き来でき、個人の価値観・ペース・心身の状況に合わせて自らの役割を柔軟に変化させ、支え続けていく存在である。」

職場で看護マネジメントを行う場合も、組織全体レベルでマネジメントを行う場合も、療養者を含む人々、職員、そして職場や組織といった「場」のそれぞれが、「看護」の力を発揮することができるように、周囲の人々・場の力を信頼し、それぞれの価値観と自分の価値観をすり合わせながら、日々一歩を踏み出し共に学びあっていくこと、それが看護マネジメントではないかと考えています。

今年の第2章「マネジメントに取り組む」の企画・運営・振り返りを通して、傲慢になっていた自分に気づき、原点に戻ることができました。学びを得る機会をくださった皆様に感謝です。

参加いただいた皆様はいかがでしたか?今回の学びを職場に戻ったら話をしてみてください。そこから対話が始まります。そして、これからも、決断をしなければならないとき、自分は何をすべきなのかと迷ったり悩んだとき、どうぞ「看護マネジメントとは」の問いを思い起こし、その時の自身の思いや体験を大切にして、また探究していっていただきたいと思います。

(文責 第2章担当者吉田千文)

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