私のサル

最も時間を費やし、時に疲労困憊に陥る私の愛すべきサルは、「人の話を聴く」サルです。

私は、現在、正職員看護師33人、出向看護師1人、パート看護師2人、アルバイト2人、派遣看護師7人、パート看護助手1人、派遣看護助手1人と仕事を一緒にしているナースマネジャーです。

「皆さん!」と言っても、「正職員の皆さん」か、「看護助手の皆さん」なのかわかりにくく、対象は誰なのか、明確にしながら話すようにしています。あるいは、あえて、ぼやかして話すこともありますが。

スタッフのそれぞれに取り組む課題が異なります。育児休業明けで、とにかく休まず勤務することが目標のナースや、大学院入学を目標にするナース、野望があって派遣社員として勤務するナース・・・。話をよく聞くと取り組んでいる中身が非常に理解できます。

話を聴く際に、心がけているのはできるだけ自分の気持ちを直截的な表現で表してもらうように促します。ぼんやりした言葉であれば、「それはこういうこと?違う?あー、そういうことなんだ。」というように、繰り返し確認しながら、言葉を待ちます。

話す内容、話し方、吐露の割合などで、職務のフォーメーションも決定できる材料になります。

以前からの問題に関して、思わぬスタッフから良いアイディアを貰うことがあります。例えば、手術の説明をする際、書類が意味合いの低い分類でセッティングされているけれど、汎用性が高い順にまとめて取り出しやすくすれば、少しストレスが減る、と異動したてのナースが話します。他愛のない会話から、プチ・業務改善ができたりします。

「書類を期日までに作成する」サルも大切なのですが、「人の話を聴く」サルと邁進することが、案外悶々としていることを明瞭にしてくれることがあるわけです。

The following two tabs change content below.

tamao0608

最新記事 by tamao0608 (全て見る)

1件 のコメントが “私のサル”にあります

  1. 看護師長職に就いて7年目になります。これまでの7年間を振り返ると、数々の失敗を繰り返し、苦い思い出ばかりがよみがえります。ですから、看護師長になってよかったことって問われても考えこんでしまいます。

    失敗の要因を紐解いていくと、私にある傾向があることに気づきました。それは「看護師長は○○であるべき」という、「べきべき星人」が私に憑依⁈していたことです。看護師長は常に的確に判断をすべき、決断力に優れているべき、相手を思いやるべき・・・・まだまだあるのですが、完全にこの「べきべき星人」にコントロールされていました。最初のうちはできる師長さんの評価におぼれ、ある程度は通用していたのですが、苦情処理や対外交渉の場面になると、寛容性のなさで苦労することが増え、自分が抱える仕事量も多くなりました。当然、こうなってしまうと、どこにもいい影響はなく、終いに自分自身がつぶれてしまいました。

    なぜ、こうなったのかを振り返ると、自分自身にある看護師長像の自分思い込みだったようです。思い込みをひとつひとつはがし、根本を紐解いていくと、相手を信じる=人に任せることができていないことが含まれていました。最初は、自分自身の役割が見えなくなり、途方に迷い抵抗もありましたが、思い切って人に任せることで思わぬ方向に事態が好転した、自分自身の気持ちにゆとりができ見えていなかったものがみえるようになった、そんな産物がありました。新人看護師には、入職時のオリエンテーションで「上手にSOSを出しましょう」って言っていた張本人が一番できていなかったようです(笑)

    人に仕事を与える・任せる授業のなかで、井部先生が「管理者は人に仕事を任せることによって、その先の自分のなすべきことに集中すること」と言われていたことが、妙にしっくりきており、現在ではそれを意識してかかわるようにしています。

    私のサルは「べきべき星人」だったんだと実感しており、自分自身が仕事や家庭で煮詰まったときに、時々御蔵から「べきべき星人」をひっぱり出してアルコールをひっかけながらじっくり対話をしております。

コメントされますか?

コメントするには ログイン してください。